名古屋高等裁判所 平成12年(う)119号 判決
1 所論は,被告人の原判示所為に適用された罰条である大麻取締法第24条第1項,第24条の2第1項(以下,これらをまとめて「本法」という)について,大麻の使用に関してその有害性を実証する医学的な根拠はなく,また仮に有害な面があるとしてもこれを規制する手段として懲役刑という刑罰によることに合理的根拠はないとの前提に立った上で,人身の自由を全面的に否定する懲役刑という刑事的威嚇で,大麻の栽培,所持を禁止することは幸福追求権を保障した憲法13条違反である,大麻より心身に有害とされるアルコール飲料や煙草の所持,使用が未成年者を除いて認められているのに,大麻の所持等が禁止され処罰されるのは法の下の平等を保障した憲法14条違反である,古来より宗教の儀式に使われてきた大麻について,その栽培,所持を禁止することは信教の自由に対する不必要な制約であり憲法20条違反である,大麻の栽培を禁止し,免許制にすることは職業選択の自由に反し憲法22条1項違反である,有害性がないかあるいはあっても軽微な大麻の取締りを懲役刑という刑事罰をもって行うことは憲法31条,36条違反である,などとして,結局,本法は違憲無効であるから,これを原判示各所為に適用した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,という。
2 大麻が精神薬理的作用を有し,それが人体に有害なものであることは公知の事実である。すなわち,大麻はこれを摂取することにより陶酔的になったり多幸感をもたらす反面,衝動的あるいは興奮状態や不安恐怖状態になったり,妄想や幻覚の発現,パニック反応などが生ずることもあり,特に多量摂取の場合には,幻視,幻聴が現れたり,錯乱状態になることがあること,身体的依存性については否定的な見解が強い反面,多用者や常用者については精神的依存性がみられること,慢性的な人格障害として,自発性や意欲,気力の減退,生活の退嬰化が生じ得ることなどが認められている。したがって,大麻の有害性を否定する所論は,採るを得ない。
3 所論は,仮に大麻が有害なものであるとしてもそれを規制する手段として懲役刑を科すことの不合理をいうが,大麻の有害性が右のような内容及び程度を有するものであり,それが個人のみならず,社会全体の保健衛生に影響を及ぼす危険性のあることが否定できない以上,これを国民の保健衛生上の危険防止という公共の利益の見地から規制することは十分に合理的であり,また,どの範囲で法的規制を加え,どのような刑罰をもって臨むかは原則として立法政策の問題であるところ,現行の大麻取締法による規制のうち,本法の法定刑は1月以上7年以下の懲役,(第24条1項),1月以上5年以下の懲役(第24条の2第1項)であり,選択刑として罰金刑はないが,懲役刑の下限は1月であり,その刑期の幅が広い上,理論上は酌量減軽も可能であり,また,執行猶予制度もあることからすれば,選択刑として罰金刑がないからといって,前記規制の内容及び程度が立法裁量の範囲を逸脱しているものとはいえない。以上によれば,本法の規定は憲法13条,31条,36条に違反するものではない。
4 所論は,心身に有害とされるアルコール飲料や煙草に対する規制と大麻取締法による規制との不均衡が憲法14条に違反する,という。アルコール飲料,煙草と大麻とでは,それらの心身に及ぼす影響が異なるため,有害性の程度を単純に比較することは困難である上,有害物に対する規制の内容・程度は,規制対象となる物の有害性の内容・程度,有害性の社会的認知度,規制対象物の文化的歴史的背景,その社会的効用の内容・程度,これらに対する国民の意識等を踏まえて検討されるべきものであるところ,アルコール飲料や煙草は,古くからその社会的効用が認められ,広く国民一般に受け入れられて来たものであり,また,その摂取の心身に及ぼす影響についてもよく知られ,したがって過剰摂取等への対応も相応になされているのに対し,大麻についてはこれら事情が異なるのであるから,大麻に対する規制がアルコール飲料や煙草に対する規制と異なるからといって,これをもって直ちに不合理な差別であるとはいえない。したがって,本法の規定は憲法14条に違反するものではない。
5 所論は,古来より宗教の儀式に使われてきた大麻を規制することは信教の自由を保障した憲法20条に,大麻の栽培を免許制にしたことは職業選択の自由を保障した憲法22条1項にそれぞれ違反する,という。しかしながら,被告人が,大麻を栽培・所持していたのは,専ら吸引あるいは摂取する目的であって,宗教あるいは宗教儀式のために用いようとした形跡は全く認められず,また,大麻を農産物として栽培した事実も認められないのであるから,本件で信教の自由や職業選択の自由を論ずる余地はない。したがって,憲法20条,22条1項違反の所論は失当であり,理由がない。
第2可罰的違法性の不存在の所論について
所論は,大麻の所持等には可罰的違法性がないのにこれを認めた原判決には理由不備がある,という。前記主張は法令適用の誤りの所論と解されるが,前記のとおり大麻に有害性があり,その内容,程度からこれを規制することについて合理性が認められる以上,その所持あるいは栽培について可罰的違法性があることは当然である。したがって,所論は理由がない。